「人生、終わった」
飲酒運転で免許取消(免取)が確定し、同時に会社からクビを言い渡されたその日。
家に帰る道中の記憶はほとんどありません。
頭の中をぐるぐると巡っていたのは、激しい後悔と、あまりにも残酷な現実でした。
実は、私の父親は長年、警察の「交通課長」を務めていた人間です。よりによって、その息子が飲酒運転で免取になる。親の顔に泥を塗り、人生をかけて築いてきたキャリアを汚してしまった申し訳なさと罪悪感で、胸が押しつぶされそうでした。
家に帰ってからは、現実逃避するようにスマホにかじりつき、
「免取 回避方法」「免取 覆す」
といった言葉を必死で調べまくりました。しかし、当然ですが奇跡なんて起きません。
追い打ちをかけるように、私の手元には「毎月の借金返済」という猶予のない現実が残されていました。
私の地元は、車がなければコンビニにすら行けない完全な「車社会」。免許がない人間にできる仕事なんて、近所には一つもありませんでした。
「来月の返済が滞ったら、本当に破滅する。今すぐ、免許がなくても稼げる場所を探さなきゃいけない」
実家にいることの猛烈な気まずさと、借金の恐怖から逃げるようにして、私はネットの海で「免許不要」「即入居可」「高収入」という条件に絞り、狂ったように検索を続けました。
そこで目に入ったのが、「期間工」という文字でした。
「キツそう…怪しい…」それでも選ぶしかなかった理由
正直、ネットで期間工の評判を調べると「地獄」「きつい」「やめとけ」といったネガティブな言葉ばかりが並んでいました。ぶっちゃけ、怪しいなとも思いました。
「今まで営業職だった自分が、工場勤務の過酷な労働に耐えられるだろうか…」
不安がなかったと言えば嘘になります。プライドもありました。でも、当時の私には「悩む」という贅沢な選択肢すら残されていなかったのです。
- 免許がなくても今すぐ働ける
- 県外に逃げ出せる(住む部屋をすぐに提供してもらえる)
- 借金を返せるだけの、それなりの給与(入社祝い金)がもらえる
この条件をすべて満たしてくれるのは、期間工しかありませんでした。
「やらなければ何も始まらない。やる以外の選択肢はないんだ」と腹をくくりました。
絶望からわずか3日、なぜ即決できたのか?
免取とクビを告げられてから、わずか3日後。私は期間工の面接ボタンを押していました。
周りからは「切り替えが早い」と言われるかもしれませんが、理由は単純です。
「実家にいる気まずさから1秒でも早く逃げ出したかった」、そして「深く考えすぎて足が止まるのが怖かった」からです。
事前にネットで調べられる限りの情報を集め、「よし、もうこれしかない」と決めてからは、あえて考えるのをやめました。
こうして、私の
「期間工からの人生再起動(リブート)」
が幕を開けたのです。

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